京菓子寸話「村雨」

村雨の画像

にわかに日がかげったかと思うと、木枯らしが木立ちをそよがせてまだ梢に残っている枯葉をいずこかへ吹きとばし、ぱらぱらと冷たい雨が降りだします。雨は見るまに勢いを増して、風景を薄墨色でぼかしてしまい、ひとしきり降り続いたあとで、さっと雨脚は遠のきます。雨はまた前触れもなく降りだし、そして降りやむのです。

晩秋から初冬に向かう季節は、この俄雨(にわかあめ)で歩みをせきたてられ、日いちにちと寒さをましていきます。この俄雨を村雨(むらさめ)とよびます。群になって降るから村雨になったといい、叢雨の字をあてることもあります。驟雨(しゅうう)、白雨、繁雨(しばあめ)など、美しい呼び名ばかりですが、みんなこの村雨のことです。

「庭草に村雨降り手蟋蟀(こおろぎ)の鳴く声聞けば秋づきにけり(万葉集)」、村雨は万葉時代からの日本語なのです。寂蓮法師の歌「村雨の露もまだひぬまきの葉に露たちのぼる秋の夕ぐれ(新古今集)」は、澄みわたった秋冷の清らかさが張りつめています。この村雨の風情が、お菓子の世界にうつされているのです。

いつの頃か最初にこの製法を編みだして村雨と名づけた菓子づくりの匠(たくみ)は、きっと村雨ということばの美しさにひかれたのでしょう。その匠は詩人のこころを持っていたに違いありません。

鶴屋吉信の「京観世」は、小倉羹を村雨によって観世水の文様に巻あげてあります。村雨の古雅な質感は、波紋の美しさを絶妙に表しているのです。村雨は、お菓子に燻しのある渋い気品を添えたいときにうってつけです。

村雨の製法を簡単に申しますと、固めに炊きあげた餡に、米の粉や糯米(もちごめ)の粉などを加えて練り、そぼろ状にして、強い蒸気で蒸しあげます。材料の配合や蒸し加減によって、村雨の表現が工夫されるのです。

鶴屋吉信では「京観世」、「栗京観世」のほか、「梅にほふ」等がこの村雨でできています。

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